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慶應通信学習記録ー経済学部普通課程69期秋ー

慶應義塾大学経済学部通信課程に69期秋入学しました。(普通課程)

【経済原論】ミクロとマクロ

こんばんは。

今日も今日とてメディアセンターにて経済原論のレポート書きです。
明日、明後日は年末なのに会議&会議、そして飲み会が続くということで、今年最後の三田キャンパスとなりました。

 

レポの方はやっと前提事項を書き上げたところで、ここから本旨→例外と書き進めていくことになります。年内には上がるかね?

 

さて、経済学部のすべての科目の基礎となる、経済原論という科目。レポート2本と試験2回という、慶應通信の様々な科目の中でも、変わった履修プロセスを経て単位取得となるわけですが、何でそんなことになっとるか?というと、近代経済学の主要中の主要な分野である、ミクロ経済学マクロ経済学を学ぶためにこういう仕組みになっているわけです。

この2つの分野の基本を学んでないと、例えば金融論とか国民所得論、経済政策なんかはゴリッゴリのマクロ経済学ですから、そもそも問題の意味すら分からないということになりかねないですし、ミクロ経済学に至っては、そもそもマクロはミクロの応用なんて話もあるくらいの基礎中の基礎な訳です。

ちなみにミクロ経済学は、市場における需要と供給とか、モノの価格ってどうやって決まるのかとかいうことを考える分野、マクロ経済学は国全体の経済の動き、例えば物価が上がればどうなるかとか、GDPとは何ぞとかいうことを考える分野です。

 

で、今ボクが取り組んでいる再レポは、ミクロ分野に関わる部分なんですが、これがまぁ苦手で苦手で…

というのも、ミクロ経済学って先ほどの書いた通り、市場の仕組みなんかを考えるんですが、話を単純にするために(某教授曰く「数学を使いたいために」)結構突拍子も無い仮定を置くんですね。
例えば、「消費者は商品に関するすべての情報を完全に持っていて、判断は全て合理的に行われる」とか、「ビールとチーズの交換のみで成り立っている市場」とか。

 

はい、ここまで来ればお分かりですね。

んなヤツいねぇよ!って、いちいち引っかかるわけです。

合理的な判断が常にできてれば、そもそも慶應通信に入学なんかしませんし(←錯乱)、ハイボール派のボクは存在できない世界に放り込まれるわけで。

 

マクロの方も色々と仮定はあるんですが、話のスケールがマクロなだけあって、そこの仮定はそんなもんかね?で済むんですが、ミクロの方は普段の自分の経済的な生活の側面を分析するだけあって、どうしてもアタマが「自分の普段の考え方」に囚われてしまうわけです。

 

更にレポートを書こうとすると、この辺の仮定を正確に設定していかないと議論の例外がボンボン出てきてしまうので、自分が納得できない仮定を考えないといけないという苦行。

 

周りの人たちに聞くと、「ミクロの方が簡単だよ〜」って意見が大多数なんですが、どうもボクには合わない世界のようで…

 

自分がでっかい人間だからこまけぇことは気にしねぇんだよ!と思っとくことにして、ボチボチ頑張っていきましょうか…