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慶應通信学習記録ー経済学部普通課程69期秋ー

慶應義塾大学経済学部通信課程に69期秋入学しました。(普通課程)

自分の考えを論じる

2016Eスク 放送英語R 放送英語W

こんばんは。

今日も一日、どこにも出かけずにひたすらEスクと放送英語に向き合ってました。

今日提出しようと思っていた英語Ⅰのレポートですが、外国語用の講評用紙を持って帰ってきてなかった!という、初歩的なミスにより、帰京後に先送り…
ま、23日までには十分提出できますし。

さてさて、Eスクですが、何とか2周目の視聴完了です。
が、こいつをレポートに落とし込むのはかなり厳しい…
というのも、レポートで求められているのは、「自分の考え」を交えて論じることなのですが、これが今までのテキスト課題ではなかったアプローチなんですね。

「論じよ」「考察せよ」といわれた場合の書き方としては、おそらく、「文献や資料を元に客観的な分析・検討を行い、批判・主張も資料に基づいた客観性をもって行う」ということになるかと思います。
もちろん、ここでも自分の主張をすることは大いにありますが、それもあくまでも「根拠」に基づいたものであるべきだと(今のところ)考えています。

さて、振り返って今回の課題。

そもそも、科目が「哲学」なわけです。
基本的に文献で主張されていることは、「誰か」の考えであって、これをもって自分の考えとするのには無理があるんじゃなかろうか?という気がしてきます。
(他の学問でもそのようなところはあると思いますが、主観性という観点では、哲学はこの傾向が強いんじゃないかなと、勝手に思ってしまってます)

ここで、慶應では哲学がどのように研究されているかを見てみます。

『哲学・倫理学専攻では教員のそれぞれが自ら重大と考える主題を、同じく自ら適切と考える手続に基づいて研究しています。しかし、このことは各自が勝手なことを勝手にやっているということを意味するものではありません。自主的に選択するということは、逆に、自らの選択に責任をもつことを意味し、自らの選択を人々に納得させる努力が要求されるということを意味します。』
(出典:慶應義塾大学通信教育部「文学部の卒業論文指導申込に際しての諸注意」、2007、http://www.tsushin.keio.ac.jp/students/soturon/instruction/pdf/cautions3.pdf )

うん、そうですね。
あくまでも、「自分がどのように考え、自分がどのように取り組むか」ということが重要な学問ですね。
そして、その「考え、取り組んだ」こと自体を責任を持って主張し納得させることが必要だと。

となると、今回の課題で述べるべき「自分の考え」というものも、この方法論に沿って、「自分は今回の議論について、このように考え、このように向き合った。だからこのように考える」ということになってきそうです。

さてさて、総合教育科目のひとつである科目、それもE-ラーニングでの受講、そして初学者かつ浅学の極みである自分が、この哲学的方法論をどこまで実践できるのでしょうか?また、実践するためには何が必要なのでしょうか?

なんか哲学っぽくっていいゾ~


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